岸谷香

岸谷香

音楽家として、母として
すべてに“よくばる”彼女の「DREAM」

岸谷香がニューシングル「DREAM」をリリースした。

岸谷は2006年のシングル「Singing」のリリース後、活動ペースをスローダウン。2008年からソロライブシリーズ「準備体操」を展開し、2011年にはプリンセス プリンセスを限定復活したものの、2014年の「Romantic Warriors」まで自身の新作音源の発表を休止していた。

今作「DREAM」は8年ぶりの再始動後の作品としては第2弾となるシングル。この表題曲で彼女はDJ Massの繰り出すビートに乗せて自らギター、ベース、キーボードをプレイし、また「追いかけなくちゃ 集めなくちゃ」「よくばりさんな私達のDREAM」と同世代の女性を鼓舞するメッセージを届けている。その言葉の数々はプリンセス プリンセス時代の楽曲、そして2006年以前のソロ作とも明らかに一線を画す。再始動後の彼女に果たして何があったのか。「DREAM」の制作秘話とともに話を聞いた。

取材・文 / 大山くまお
撮影 / 小坂茂雄

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岸谷香「DREAM」
2015年6月24日発売 / SME Records
「DREAM」初回限定盤
[CD] 1300円
SECL-1719
収録内容
収録曲
  1. DREAM
    [作詞・作曲:岸谷香]
  2. VANITY FAIR
    [作詞:木村ウニ(蜜) / 作曲:岸谷香]
  3. 窓打つ雨(Live at Billboard Live TOKYO)
    [作詞:小西康陽 / 作曲:奥居香]

「準備体操」とプリプリに呼び戻された“音楽”

──まず昨年の復活劇について聞かせてください。6月にシングル「Romantic Warriors」をリリースしたのを皮切りに、8年ぶりにソロ活動を本格再始動させたわけですけど、なぜこのタイミングだったのでしょう?

きっかけは、プリプリ(プリンセス プリンセス)の再結成ですね。それまでは「もう音楽はやらなくてもいいかな」くらいに思っていたんです。私は2人の子供がいるんですけど、子供が小さい頃は“お母さん”をやるだけで精一杯で、自分の中でどんどん“音楽”が薄れていくのを感じていました。ただそれはやっぱり軽くショックでしたね。それでリハビリを兼ねてライブだけでもやろうと思い立ってライブを始めたのが2008年。「準備体操ライブ ~さびないようにね!~」というそのまんまのタイトルで(笑)。始めたばかりの頃はライブは楽しいけど、次の日になるとお母さんの仕事が待っていて音楽どころじゃなくなるっていうのの繰り返しではあったんですけど、それでもちょっとずつライブの規模を拡大していって、“準備体操”を始めて5年目くらいの頃にプリプリの再結成の話が出たんです。

岸谷香

岸谷香

──震災復興支援のためにプリプリの再結成が行われたのが2012年でした。

ただ当時の私はまだ“準備体操”の最中。消えかかっていた音楽を取り戻さなきゃいけないっていう状態だったし、メンバーの中にはもう楽器さえ持ってない子もいたんですよ(笑)。そんな次元から始めなければいけなかったので、東京ドーム公演(2012年12月)の1年半前から必死にリハーサルしてたんですけどね(笑)。そうしたら、だんだん楽しくなってきちゃったんです。私たちが解散した頃にはなかった夏フェスにも呼んでもらえたし、東京ドームのライブも楽しかった。何より一生懸命音楽をやっている自分を思い出して、それが楽しかったんです。

「50歳になったら、またロックをやろう」

──でもプリプリ再結成から本格復帰には少し間がありますが。

ちょうど息子の進学でバタバタだったんですよ(笑)。私は子供に環境を与えてあげることが親の最大の仕事だと思っているので、そこはしっかりやろうと。プリプリ再結成の最後のステージは「NHK紅白歌合戦」だったんですけど、翌日の1月1日には猛スピードで普通の生活に戻って、当時小学5年生の息子に「さあ、勉強しよう!」って(笑)。息子は息子で大変なのに、私は音楽が楽しくなっちゃってるし「もうどうしよう!」って感じでした。

──実は紅白に出ている場合じゃなかったかもって(笑)。

ホントに! それから1年は息子のことで精一杯。でも、やっぱり再結成のときに思い出した音楽の楽しさを否定はできなかった。自分に嘘をつけないくらい楽しかったんですね。それともう1つ、「私にはまだ歌うことがある」と感じることができたのも大きかったんだと思います。

岸谷香

岸谷香

──歌うテーマを発見したということでしょうか?

29歳のときにプリプリが解散して、その後2~3年はソロとして活動していたんですけど、正直つまらなかったんです。30代から新たなものを始めようとしたとき「私は誰に向けて何を歌えばいいんだろう?」という悩みが生まれてしまった。ひと言で言えば中途半端。若くもないし、年寄りでもない。バンドという制約もなくなって、自由になれたはずなのに、すごく不自由だと感じてました。30代の頃はすごくツラかったな。そんなことを思っていたら子供を授かって、だんだん自分の中から音楽が薄れていったんですね。ただ音楽が薄れていく一方で、漠然と「50歳になったら、またロックをやろう」とも考えていたんです。50歳なら誰がどう見たっておばさんだし、中途半端じゃなくなるだろうということで(笑)。で、私ももう40代後半なんですよね。しかも再結成の次の年には息子の受験も落ち着いたし「じゃあ、やろうか!」っていうことで、また「準備体操ライブ」ツアーを回ったんですけど、本当に「今、私はこれをやりたい!」と音楽が自分の中からあふれ出てきて。「もうやらずにはいられない!」という気持ちになったんです。だからソロデビュー直後の私は間違ってなかったというか。やっぱり50歳近くになったらロックをできるようになる。「私はこれを求めていたんだ」というものがあふれてくるんだなって思いましたね。